今日もまた呟き

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辰吉丈一郎



あの頃の辰吉がそこにあった。負けた物の、激闘を演じた辰吉が息子の前で涙を見せた姿に感動以上の何か熱い物をもらった。

あの激闘を仕事の事務所で観戦していた。疲れで居眠りしている者も居れば、歓声を送っている者もいる、駄目だな辰吉と、ドライなコメントを発している者も居れば、じっくり見ている者もいる。この試合、色々な人間が色々な捉え方をしているのがその空間でもわかる。自分は歓声を送り、応援した。壮絶な打ち合いで、辰吉圧勝を期待していた自分には塩っぱい試合と映っていたに違いない。しかし、あの打ち合いから感動以上の熱い気持ちを頂いたのだ。

次の日、JRの変電所のトラブルで電車が止まっていた。この試合の次の日だから1994年の12月5日の事だと思う。電車が止まっていたので、昨日の熱さから会社まで走った事を今でも覚えている。自分を痛めつけなくてはと、鍛錬しなくてはと、思わずにはいられない試合だったのだ。恐らく全国に同じ思いをしている人がいたはずだ。それくらい影響力のある試合だった。1994年の12月4日、名古屋レインボーホールだ。

あれから十周年が経った今日、あの試合が蘇った。二十代前半の辰吉の姿が眩しい。ノーガードから繰り出す自由自在の巧みなパンチ。しかしこの時、左拳を骨折していたはずだ。それを思うと、骨折が無ければと、『タラレバ』を想像してしまう。打ち合った結果、お互いをたたえる姿が更に感動を呼んだ。気丈にコメントする辰吉に、息子寿希也君が来ると「お父ちゃん負けてしもうた」と涙を隠せなかった。

男だ....
そう感じた。
俺もそうなりたいと。

その熱い気持ちを思い出す番組だった。
その時を考えると、自分は何も進歩していない事を思い知らされる。
色々な不安感を覚える様になった昨今、年はとりたくないと心底思う自分がいる。自分の悪あがきは、ジムで誰にも気付かれないように行われているのである。辰吉になれなくても、自分を追い込む事で鍛錬すると言う精神修行の心理は持ち合わせているようである。

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