
初広島である。小学生の頃にはだしのゲンを読んで以来、原爆と言う物にのめり込んだ。原爆にのめり込んだのか、その悲惨さに興味を持ったのか、何に惹かれたのかは解らないのだが、人間が人間でないような恐ろしさを痛感した。唯一の核兵器の被爆国、そしてその地に初めて降り立った。

1945年の8月6日、8時15分に人類初の核兵器が広島上空で炸裂した。


なぜ広島が狙われたのか?原爆資料館で二時間以上の時間を費やした。


広島の街上空600メートルで原爆は炸裂した。

閃光は約3秒〜5秒、その温度は5000度を超えた。人を焼き、建物を焼き、爆風は何もかも吹き飛ばした。爆心地となった原爆ドームは、たまたま上からの爆風だけだったのでこれだけ形が残ったのだそうだ。この時、この建物の中で仕事をしていた人全員が一瞬にして灰となった


有名な写真だが、この一枚にどれだけのエピソードがあったのかを館内で説明を受けた。当時新聞社のカメラマンだったのだが、あまりの惨さにこの写真を撮るまで何時間もシャッターが押せなかったそうだ。これが、被爆して最初の写真とされている。被爆後三時間の模様で、皮膚が溶けてずるずる向けている所に、お巡りさんが手持ちの油を塗ってあげている場面だそうだ。この距離で、やっとの思いでシャッターが押せたと。もう一枚、この光景のアップの写真があったがさぞ辛かっただろう。
一番感動したエピソードは、路面電車の話。当時広島市内を走るちんちん電車は、民間企業によって運営されていたそうだが、熱線でよれ曲がったレールを修復し、電線を色々な所から引っ張って来て、わずか3日で復興したそうである。今でも広島市内をちんちん電車が行き交い、人々の移動手段の中心となっているのは、こうした被爆した人々の想いがあるからなんだと教わった。確かに路面電車が多い。そんな想いがあって、市内をちんちん電車が走っていると思うと、被爆はしたものの、強い気持ちが広島の人にはあったと言う事がよくわかる。人間って弱いし、小さいけど、強いな〜ッて感じた。