今日もまた呟き

その名の通り、呟きメインのノンジャンルブログ

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入院したくない




現在、術後の回復に務めている母ですが、退院後は近くの病院で通いで治療出来ると思っていたようです。先生は、最初の抗がん剤治療は入院して行なった方が良いでしょうと言っていました。

またこの病院か…
あの先生が紹介状を書かなければ。そんな言葉が飛び出したことに、家から遠い場所にあることがストレスであることが分かりました。入院してしまえば家から遠いも近いもないのでしょうが、通いとなると母の足では無理かとも思います。まだその段階ではないのだけれど、すべての段取り取らないと前に進めない母は、次の次のステップに異論を唱えるのでした。

母の好きなようにして欲しいと思います。最後くらい思いっきりワガママを言えばいい。昨日、帰り際にありがとうと言われた。息子の行動を認めたことがないのに、入院して自由が効かない事に相当参ってるんだと感じた。癌で親を亡くされた方から、言えるうちに沢山ありがとうと言った方が良いとアドバイスされました。お礼を言わなきゃいけないのは、ワシの方なのに。

今日は言葉にして言おう。ありがとうの言葉を。

piccolo
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命の期限

無事手術が終了しました。piccoloです。



手術前のインフォームドコンセント通りの手術でした。現在の腸閉塞の原因である盲腸部分に出来た腫瘍を取り除くために大腸の1部を切除して、腫瘍のない部分と繋ぎ合わせると言う手術です。



手術は上手く行きました。出血もなく輸血を行うこともありませんでした。ただ、手術してみなければ分からないとされていた腹膜への転移が、広範囲に多数認められたのです。予想以上に悪い状態であったと説明を受けました。





これも術前の説明通り、体力の回復を待ってから抗がん剤治療を行って行きます。もしも抗がん剤治療しなかった場合、今はお母様がいらっしゃらないのではっきりお伝えしますが、命の期限は半年もつかと言ったところ。抗がん剤治療をしても、癌が良くなるかと言うと、腹膜にこれだけ転移していると正直難しい。進行を遅らせるぐらいしか効果が期待できないかもしれない。統計的に見て2年生きられるかというのが、お母様の状態です。ただ、現在の抗がん剤はよくもなってきているし、色々な種類もあるので、それはお母様と相談しながら決めて行きましょうとのことでした。

正に悶々と考えていた事がドンピシャで自分に襲いかかってきたのですが、ショックは少なく、むしろ言われてスッキリした感さえありました。同席してくれた奥さんには申し訳なかったけど、包み隠さず話して下さった事に感謝しています。切り取った臓器も見せてもらいましたが、ここが癌だと言われても素人のワシには全く見分けがつかなかった。その硬くなった部分を複雑に眺めるのでした。なぜこいつが生まれて来るのだろう、人の体を蝕み、やがて命を奪う。そうすれば自分も朽ち果ててしまうであろうに、その病気の元を複雑に眺めていました。不謹慎な話ですが、切り取った臓器は完全にホルモンで、一口大にきってあれば焼肉店で出てきそうだと思いました。自分の心はそれぐらい冷静で、母を蝕む病原体を見ても取り乱すことはありませんでした。残された時間、しっかり母と向き合おうと決意したのです。

これからは生きられる時間ではなく、生きられる質を重視したいと思っています。しっかりとこの命の期限についても母に伝えて行こうと思っています。術後、意識がもうろうとする中で、ワシと奥さんに目で大丈夫と訴える母を見て、この人はロックだったと改めてリスペクトしました。人に辛い所を見せない、そこは徹底していたように思います。故に病気になった時のその気丈さが切なかったですが、それが母なのでしっかりと受容して行きたいと思います。声かけるとしっかりと返答がありました。「どう、痛くない?」頷いた後に「とっても良い夢を見てた。とっても心地のいい夢だったのに。」麻酔で深い眠りに入っていた母は、とても良い夢を見ていたそうです。麻酔から覚めさせられた時に、なんで起こすの?とさえ思ったそうです。どんな夢かは聞かなかったけど、幸せそうなその表情を見ていっその事そのまま旅立てたら楽だろうにとさえ思ったほど。この時の表情を忘れません。この表情で旅立たせて上げる事が、ワシの仕事。後少しの時間、共に時間を共有し合い、納得して旅だって行って欲しいと思います。特に念願だった孫との時間を沢山共有してもらいたい。体力の在るうちに、沢山抱っこしてもらいたいと思っています。

手術後、母の回復の具合を見て一度退院します。検査に来てそのまま入院でしたからね、家の事もあるでしょうとDr.に言われ、その時間をくれたんだと悟りました。今、正直毎日色々な事を考えていて悶々としていましたが、術後のインフォームドコンセントでスッキリした感があります。母が倒れたと言う連絡に驚きましたが、今は最後の時間をくれた事に感謝しています。これから自分も苦しいと思う場面が沢山訪れるでしょうが、さよならも言わずに居なくなってしまっていたら、きっとこの悶々は解決出来ずに一生心に残る事になったでしょうから。

まずは手術が成功し、おそらく回復も順調であろう事ご報告します。

piccolo

インフォームドコンセント




思ってた通り転移してました。piccoloです。

盲腸癌で検索すれば、おおよその情報は出てきます。改めてDr.からのインフォームドコンセントを受けてきましたが、癌はかなり進行しているようです。リンパ、肺、おそらく肝臓も。全身に転移してると言えるでしょう。その言葉が重くのしかかるのです。まずは手術、その後は抗がん剤治療を行って行きます。余命は宣告されませんでしたが、生存率は低そうです。

母のショックを想像すると、心が痛かった。今は包み隠さず病状を伝える時代なんだなぁ。ここ数日、悶々としていたワシは、今日の話を聞いてむしろスッキリした感じがしている。インターネットを見ながら病状を想像することが愚かな事だと感じました。病状は、想像よりも少し重たかったけど、とにかく痛み無く、苦しみ無く、孫と共に生き抜いて欲しい。

たった数日だけど、少し疲れました。まだこれからなのに、先が思いやられます。幼少の頃からお母さんにはpiccolo君しかいないから大変だね。と言われ続けて来たことを思い、今まさにそれが現実の物になっています。有難い事にそう言われて来たけど、自分にはその状況を支えてくれる伴侶に恵まれました。そして子供にも。ギリギリだったけど、孫を見せられて喜んでもらえて良かったと思っています。

子供が産まれた喜び、子の笑顔に癒しをいただいています。でも母の病の悲しみが、とても切ない。嬉しいけど、悲しいが切ない。

piccolo

おら父親になっただ ~3ヶ月検診~



3ヶ月検診です。piccoloです。

行ってまいりました。我が子も早いもので、産まれて3ヶ月も経つんだと、時の流れの速さを感じずにはいられません。たかが3ヶ月ですが、今まで感じて来た時間の経過とは違い、我が子主体のペース。外食はなくなり、休みはもっぱらミルクにオムツ交換と育児に専念。その合間に同窓会LIVEの編集と言うペースを繰り返して来ました。前回の1ヶ月検診からどれくらい成長したのでしょうか。

体重は、5960g
身長は62cm
頭の周囲41.5cm
胸囲40cm
我が子はすくすくと成長しています。嬉しい限りです。ちなみに1ヶ月検診の時は、
体重4190g
身長55cm
頭の周囲38cm
胸囲36cm
です。

2014年5月



髪の毛がフサフサですが、1ヶ月経って、
2014年の6月には



ど偉い薄くなってたとか。ベビーバスの中には恐ろしいくらいに髪の毛が溜まっておりました。代謝の良さを羨ましく思ったり。

少しずつオシャレも覚えて来まして、粋に帽子を被りこなしたりもしています。





3ヶ月検診の前の日には、初めてのお散歩も経験しました。







外に出ると色々な物を肌で感じ取ろうとしていました。見えてるのか見えていないのか、キョロキョロと回りを見回しているようにも思えます。彼の頭の中で外の世界がとても興味深く、そして不安なものだったに違いありません。

ワシのお気に入りの1枚。パン1コラボ写真。我が子のハミパン姿に萌え萌えの変態父なのです。



お母さんにも顔を遊ばれています。





あーあ、泣かしちゃった
でもこの涙にまたもや萌え萌えしてしまう変態母なのです。

最近はおしゃぶりを覚えて中指と薬指を喉の奥まで突っ込んで、オエッオエッとやっています。拳も入るんとちゃうか?



そんな訳で、無事3ヶ月検診が終了しました。心配していた反り返りについては、7月に区民検診があるので、そこで相談に乗ってもらうと良いとのことでした。最近、反り返りが強くてミルクを飲みたがらないことがあるので心配していたのですが、反り返り自体はこの時期おかしい事ではないので、しっかりとミルクを飲ませなさいとアドバイスを貰いました。気になるのは、Dr.から育児疲れを指摘された事です。以前通院していた時よりも、顔が疲れてる様に感じられた様です。その指摘が1番驚きでショックだったと、肩を落とすうちの奥さんなのでした。

うちの子、すくすくと育っております。


piccolo

母の病


まさか自分の親が…
piccoloです。




母の入院している病院で説明を受けて来ました。現在、腸閉塞の治療をしているのですが、その原因が癌であると言うのです。大腸癌の一種で、盲腸部分に出来る珍しい癌だそうです。その癌が、腸を圧迫して腸閉塞を起こしているので、今は鼻から管を入れて老廃物を外に出しています。もう少し遅ければお腹の中で破裂していたであろうと説明を受けました。祖父も祖母も腸閉塞から腹膜炎を起こした事があったので、母も腹膜炎であると想像していましたが、まさか癌とは。一ヶ月前に婦人科系の癌の疑いは全くないと検査結果が出たばかりだったし、孫が産まれて鬱っぽい症状も軽減してたのに…

取り乱す様なパニックにはなりませんが、なぜうちの親が?と、神様を呪いたくなりました。毎日真面目に働いて、なんの欲も欲して来なかった母。癌になるならもっと悪い奴にしてよ。と、子供の様な事を思いました。しかしこの現実を受け止めなければなりません。頭の中で何度も色々な思考が入れ替わります。病気と共に生き、残りの生活を有意義な物にして上げたい。そう言った受容した思考が巡る時もあれば、誤診で癌ではありませんでした。すいませんと、病院と笑い話をしている妄想が巡る時もあります。インフォームドコンセントから数日経った今、嘘であって欲しいけど、現実を受け止めざるを得ない事実を自分に言い聞かせている状態です。

喧嘩をするように家を出て、15年ほどが経つだろうか?その間、殆ど放ったらかしだった親子関係。晩年は鬱っぽく、引きこもりの様な症状もあった気がする。2006年の誕生日に真鶴のうに清に魚を食べに連れ出した時に大喜びしてくれた時が、母の笑顔を見た最後だったかもしれない。そんな母が、孫が出来た事に恥も顧みず大喜びしてくれました。これから少しずつ親子関係を修復し、孫と共に暮らそうと、その覚悟を奥さんと話し合っていた矢先に病院から「お母様が入院されました。」と言う一本の電話。まるでドラマじゃないか。時々一点見つめをしているワシ。壁が破られ、どっきりカメラの札を掲げた野呂さんが登場するシーンを思い浮かべてはニヤニヤして、その虚しさにまた一点見つめをする。少しずつ現実を受け入れて、前に進むしかない。仕事、子育て、課題、毎日当たり前の様に過ごそう。そして出来るだけ母との時間を大切にしよう。そう心に誓うのです。

闘いは始まったばかりです。

piccolo

母よ



初夏の晴れた昼下がり
私は生まれたと聞きました
母親の喜び様は
大変だったと聞きました

「ただ真っ直ぐ信じる道を歩んで欲しい」
と願いこめて
悩み抜いたすえにこの名を
私に付けたと聞きました

我が家はあの頃から
やはり裕福な方ではなく
友達のオモチャや自転車を
羨ましがってばかり
少し困った様な顔で
『ごめんね』と
繰り返す母親のとなりで
いつまでもいつまでも
泣いたのを覚えてます

アンマーよ
アナタは私の全てを許し
全てを信じ全てを包込んで
惜しみもせずに何もかもを
私の上に注ぎ続けてきたのに

アンマーよ
私はそれでも気付かずに
思いのままに過ごして来たのでした

「強さ」の意味をはき違えて
ケンカや悪さばかりをくり返し
勝手気ままに遊びまわる
本当にロクでもない私が
真夜中の静けさの中
忍び足で家に帰ったときも
狭い食卓の上には
茶碗が並べられていました

自分の弱さに目を背け
言い訳やゴタクを並べ
何もせずにただ毎日を
だらだらと過ごし続け
浴びる程に飲んだ私が
明け方眠りに落ちる頃
まだ薄暗い朝の街へ
母は出て行くのでした

アンマーよ
私はアナタに言ってはいけない
決して口にしてはいけない言葉を
加減もせずに投げつけては
アナタの心を踏みにじったのに

アンマーよ
アナタはそれでも変わることなく
私を愛してくれました

木漏れ日の様なぬくもりで
深い海のような優しさで
全部 全部 私の全てを包込んだ
アナタの背中に員われながら
眺めた八重瀬岳の夕日は
今日も変わらず
茜色に街を染める Yeah

度が過ぎる程の頑固さも
わがままも卑怯な嘘もすべて
すべてを包込むような
愛がそこにはありました
アナタのもとに
生まれ落ちたことは
こんなにも幸せだった
今頃ようやく気付きました
こんな馬鹿な私だから

春先の穏やかな朝に
新しい命が生まれました
アナタの様によく笑う
宝石みたいな女の子
「優しさの中に凛々しさを秘めた人」
になるようにと願い
アナタの一番好きな
あの花の名前を付けました

母親が入院


「お母様が入院されました。」piccoloです。

今日、夜勤前に病院から電話がありまして、唐突に上記を伝えられました。早急に来院して欲しいと言われましたが、夜勤なので無理だと伝えると、奥様でも良いのでと言われます。子供がまだ小さいのでそれも難しいと伝えると、診療方針の話もあるらしく、電話で方針に納得して欲しいので、検査が終わったらDr.から再度連絡を入れますとの事でした。

しかし…
連絡はなく。まあ明日来院出来る旨を伝えてあるので、急がなくても大丈夫と判断したのであると解釈しています。きっと緊急性がなかったのでしょう。しかし病院から電話なんて初めての経験です。今は家族の了解を取らないと手術やら何やらも出来ないのだと想像します。電話でも良いから先生と話をして欲しいと言われ、癌を疑いましたがハッキリとした事は明日にならないと解らない状況です。

土曜日に孫を連れて行くアポイントを取っていたのですが、月曜日に大腸の検査があるので体調を整えたいと言われたのがそもそもの始まりでした。おそらく月曜日の検査で大きな病院を紹介され、今日検査したらこれはヤバいですとなったのだと思われる。

この夜勤は別のプレッシャーがかかっている。大丈夫なのかそうでないのか、意外にこの邪念が自分に重たく乗りかかる。兎に角この夜勤を超え、母の入院する病院へ行かなくては。大した事なければいいのだが。不安に思わない様にすればするほど、不安は大きくなって行くのであります。


piccolo

おら父親になっただ ~その8~



我が子が指しゃぶりを覚えました。左指しかしゃぶれなかったのに、今は右指がお好きなようで。

ちょっと前は眺めるだけで口に持って行けなかった右手。



だからファイティングポーズだったんだね。

バーバに作ってもらった帽子をかぶって。さ、どこにお散歩行くのかな?



3ヶ月検診が過ぎたら沢山お散歩しようね。


piccolo

奥さんの実家近くで孤独のグルメ ~やすゆきさんに寄る~

夜勤明けです。奥さんの実家です。グルメです。piccoloです。

育児疲れか、ホルモンバランスを崩して実家に帰省している奥さんの元へ行きました。夜勤入りでそこから出勤し、明けでも寄らせて貰いました。義母には美味しい手料理を食べさせて貰い、義父からは普段飲めないお酒を頂いてしまいます。明けで一眠りしてから行くか、会社から直接行くか迷った挙句、直接行く事を選びました。一眠りしたら、心折れて家から一歩も出ない事が容易に想像出来たからです。

明けで実家に向かうと、奥さんから昼飯は食べて来た方が良いと連絡を貰い、途中でご飯をして行く事を決めます。ならば美味しい物を食べようと、義父から聞いていたお店を直撃しました。





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完全に日本料理屋でした。かなりビビりながらお店に入りましたが、ランチタイムの安さに驚きです。海鮮丼が880円だとか。他にも千円以下で美味しそうなランチメニューを楽しめるとあり、ちょっと贅沢をしてビールとヒラメの薄造りを頼みました。

お通しのレベルがいちいち高い!



なんだろう、このコリコリ。おそらくサメの軟骨じゃないかな?それを梅肉で和えた物。梅がしっかりと梅味。嬉しいじゃないか!これに純米酒なら無敵の組み合わせだな。

一応ランチタイムもオーダー出来るのか確認したヒラメの薄造り。奥で大将が、「芽ネギがねえよ!」と。女将さんが再度確認に来てくれ、混雑時には遠慮して貰いたい旨と、芽ネギがなくても良いならヒラメの薄造りを提供出来ると説明を受けた。

【piccolo'sセレクション】
薬味の豪華さも嬉しいヒラメの薄造り



コリコリの歯ごたえ、ヒラメの甘み、紅葉おろし、大きなエンガワ、大口を開けてバクバク食っていたら、奥から大将がにこやかにワシの食べっぷりを眺めていた。最初怒られるのかとヒヤヒヤしたが、どうもそうではないらしい。ただ強面なだけだ。よく見ると凄く優しそうだ。きっと自分が納得行く味を提供したいんだろうなぁ。

さて、定食は何にしよう?海鮮丼、ズワイガニ丼、焼き魚定食、ヒラメがこれだけ美味ければ魚料理間違いないな、よし!日替わりランチにしよう。五郎さんばりに片手を上げて「すいません。日替わりランチ下さい」と、注文した。どんな魚が来るんだろう?と待っていると、来ました来ました。

【piccolo'sセレクション】
ん?なんだこれ?



魚定食かと思ったら、ホルモン焼き定食だった。




これはガーンだな。魚気分なのに思いっきりホルモン焼き。やはりコミュニケーションを怠るとこう言う事が起きるんだな。勝手に魚定食と決めつけたワシが悪い。魚気分だったがこのホルモン焼き悪くないぞぉ。千切りキャベツの上に味噌ホルモン焼き。そしてお吸い物が美味いじゃないか。上品、それでいてしっかりと味がある。この味は魚か?辛すぎない塩加減、良い。

食後のアイスコーヒーは飲みきれなかったけど、このクオリティで千円以下とは恐るべしやすゆき。また応援したい店発見なのである。

piccolo

鷺校同窓会LIVE DVD制作~進行状況編~





全12バンドです。piccoloです。

はい。LIVE当日から1ヶ月経つわけですが、『思い』の方が強くまだまだ完成に時間を要しそうです。心の奥では、バサっと編集して完成!とさせたいのですが、その『思い』がそうさせてはくれません。構想としては二枚組にする予定で、一枚のDiscには約2時間の収録内容となります。現在半分まで終わっていて、試しにDisc1を焼いてみたところまで終わっています。ちょうど折り返し地点を通過して三分の一が終了しました。今しばらく完成をお待ち頂ければと思います。

このDVD制作プロジェクトには、荒木先生の言葉を借りるなら、凜佳ちゃんfamilyが携わっております。凜佳オジが制作総指揮、凜佳オジの同級生AのスチールカメラマンQP、凜佳オジ同級生BのMovieカメラマンのワシ、そしてMovieカメラマンBの凜佳ママが当日の模様を収めました。Disc1にはSAGIーBOON、おさかな、麗、少女一揆、きゃとる、chu chu、を収めました。その日ぐらしが、Disc1になるかDisc2になるかが、DVDに収められる容量と睨めっこしながら検討している所です。

Disc1を見てもらって指摘された事は格差。自分も編集している時に感じていましたが、映像に差があるのです。そもそも撮影するのは近代ガールズのみとされていたのに、話を進めるうちに全バンド撮りましょうとなり、1カメで記録に徹しているバンドと、数台のカメラをスイッチングしながら表情を追うバンドと、映像に差があるのです。この差が物凄い差別な感じがして、アップのない映像には静止画を入れろと指示が来ました。この格差に物申したいバンドもあると思われ、この場を借りてお詫びしたいです。ごめんなさいm(_ _)m
ただ、この同窓会を、一枚の写真に収める様な感覚でDVDにしますので、スマホに保存するように、本箱の片隅にでも置いて頂ければと思っております。その置かれたDVDが、やがて10年、20年の時を経て、あれ?なんだっけこれ?と、タイムカプセルを掘り出す様にDiscをプレイヤーに入れて貰った時の、それぞれの顔を想像しながらニヤニヤして編集しています。もう完全に変態!そのやっかいな思いのおかげで編集の進行具合が遅いのです。

特に凜佳オジ!
全くLIVE映像とは関係のないコンテンツを作成せよと簡単に言ってくれやがる。chu chuの変顔ランキングに対抗して、鷺校生変顔バトルロイヤルを作れと。「近代のフロアLIVEの時に使ったバロメーター使ってさぁ、白目度5、鼻の下伸ばし度8、寄り目度3とか出来たら面白いと思うんだよね。」「対抗戦にしたら良いか、入り乱れてバトルロイヤルにするか、タイマンにするか、難しい所だよね。」って、遠くを見る目で夢を語る凜佳オジ。彼もド変態である。他にも『きゃとる』の縫い目と、『chu chu』のMC時のヤジにテロップを入れろ等、指示も多く、思いを満たすために粗い所を削り落とされていると言った感じ。精米歩合80%の純米大吟醸か!って。

今はまだ考えたくないけど、完成した物を何百枚焼くんだろう?だとか、ジャケットを何枚コピーするだろう?だとか、盤面の印刷も同じくらい刷るんだろうなぁ…だとか、心折れる材料も多々あります。奥さんに白い目で見られながら、それらの邪念と戦いつつ、今はただ編集に集中するワシがいます。

あっ!例えば、コピーしたジャケットを切り抜いてボックスにはめ込んでも良いよって人とか、ジャケットのデザインしても良いよって人とか、盤面のデザイン、印刷しても良いよって人とか、居たら凜佳オジに立候補してくれても構わないんだけどなぁ~

近代ガールズのジャパンファイナルの時はこんなジャケットでした。

近代ガールズDVDジャケット

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フロアーライブの時はこんな。

近代ナイトDVDジャケット

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盤面はこんな

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こんな風にジャケットの表紙のデザインしても良いよって人が居たら立候補してくれないかなぁ~?いないかなぁ?誰か居ないかな~?


と、言う感じで編集は進んでおります。今しばらく完成をお待ち頂ければ幸いです。
ゆたしくm(_ _)m


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