自虐の詩
2007-12-06 14:17
自虐の詩 プレミアム・エディション自虐の詩 プレミアム・エディション
(2008/03/14)
中谷美紀、遠藤憲一 他

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嫌われ松子の一生が好きで、こないだDVDを見直した。やっぱりあの切ないストーリーがツボで、松子ワールドを体験したく、公開中の自虐の詩を見て来た。

前情報が全くない状態で見たが、松子ワールドはそこには存在しなかった。コンピューターを駆使したバンドのライブと、キーボードすら使わない乾いたロックバンドのコンサートの様な差があった。あるロック歌手がうたった、「コンピューター仕掛けの 腐ったロック」その1フレーズを思い出す映画だった。自虐が、松子を腐ったと言っているのではなく、斬新さはないけど、キャストの上手さで勝負の映画だと言う事を、このフレーズを思い出す事が自分の映画の評価になったと言う事だ。

嫌われ松子の一生は、豪華キャストと斬新な描写、切ないストーリーをコミカルに展開させる脚本の上手さがあった。それに対し自虐の詩は、キャストの演技で見せて行くと言う印象。派手さはないけど、淡々と物語は進んで行く。ある種クセのある映画だと感じた。そのクセがツボの人にはハマるんだろうなと、人ごとのようにに感じた。

誰もが辛い過去を持っていると思う。その時、死にたいと思う事がある。どうしてもぬぐい去れないトラウマが、現実を脅かす。しかし、よく考えてみれば、その不幸の中にも支えてくれた人がいた、他の人が気がつかない幸福があった、そして現在、誰よりも幸せである事に気がつく。簡単に言うと、残り少なくなったワインを「もうこれしか残っていない」と考えるのか、「まだこれだけ残っている」と考えるかの違いを描いている。

幼い頃から「幸せになりたい」と願い続けて来た主人公ゆきえは、ついにそれを手に入れる。誰が見ても幸せなゆきえの姿、この幸せをつかむまでに幾多の困難を乗り越えて来た。そしてこれからも、沢山の幸福と不幸を背負う。しかし、もう不幸があっても怖くない。ゆきえは、不幸の思考をコントロールする強さを身につけているから。ラストシーンで、幸せいっぱいのゆきえを見て、そう言ったたぐいに強さを見た様な気がした。

中谷美紀さんが、とても上手だった。

piccolo
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