今日もまた呟き

その名の通り、呟きメインのノンジャンルブログ

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神の左




山中選手おめでとうございます。連続KO防衛記録は伸ばせなかった物の、素晴らしい試合だったと思います。改めてありがとうと言いたい。こんなワシをワクワクさせてくれて感謝なのです。

相手も上手かった。相当研究してたと思われ、老獪な戦い方が憎かった。やはり山中選手には、豪快にKOしてもらうのがいい。

何はともあれ良い試合をありがとう。そして解説に長谷川元チャンピオンを招いてくれてありがとう。聞きやすい解説に感謝します。欲を言うなら、もう1人西岡元チャンピオンも居てくれたら…

取り止めのない日記、どうもすいません
m(_ _)m

piccolo
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メダルラッシュ




いやいや連日連夜のメダルラッシュに1人でわいております。羽生選手が金メダルをとったこの日、都内は豪雪でパニックでした。ワシが帰宅した18時の時間帯に、すでにそれは始まっていました。今日ばかりは早番で良かったと胸をなでおろしたのです。電車の中で何時間も足止めを食らった方、今も高速道路で立ち往生の車中の皆様にお見舞い申し上げます。

スノーボードの男子ハーフパイプからメダルラッシュが始まりました。羽生選手が101点という脅威の点数を叩き出したことから金メダルを期待してTVに釘付けだったのですが、豪雪情報とオリンピックをザッピングしながら観戦しました。布団の中でオリンピック観戦してるのに、その時に電車の中に閉じ込められている人が居た事実は他人事ではいられませんでした。が、結局酒を飲みながらオリンピック観戦してた訳で、偽善者極まりないことを申しておると矛盾な気持ちでいっぱいです。

改めて羽生選手の金メダル、渡部選手の銀メダル、葛西紀明選手の銀メダル、おめでとうございます。

piccolo

國母和宏に惹かれる



初めて彼を見たのが夜中にやっていたXゲームだった。まだあどけないピンクの帽子をかぶった少年だった。それがバンクーバー・オリンピックでドレッドヘアに腰パンで猛バッシングを受けていた。



日本ってちっちゃいと思う。形が違う物を受け入れられない人種なんだね。今回ソチ・オリンピックで平野選手と平岡選手のコーチをしたというのがこの國母和宏さんで、メダルをとった瞬間に手のひら返したように國母選手を絶賛しだした。それが凄く嫌だと言いたい。

人の評価に耳を貸さず、ただ自分のスタイルを貫き通す彼の生き様にリスペクト。



ワシの子も、自分の道を貫ける人間になれるだろうか?それよりも、ワシが、ワシとワシの家族だけは、我が子を信じてあげられる人間でありたい。こんな事言ってるのが滑稽だな。

とにかく日本…
終わってるなぁ。

井岡Vs八重樫

昨日の試合から一夜明け、
会社に出勤する。

辰吉と薬師寺戦の次の日は、
JRの変電所が火事で電車が大幅に止まっていた。動いた心は、一晩経っても止まる事無く、自分も何かしなくちゃと、駅から職場までの道のりを走らせた。それくらい熱かったのだ。

昨日の井岡と八重樫の試合も熱かった。しかし、辰吉の試合より、冷静と言うか、冷めてるのはなぜか?

年をとった。

しかし熱くなると言う事に、
年齢は関係ない。


piccolo


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sent from W-ZERO3

八重樫東 Vs 井岡一翔 観戦準備はOK

最後の読み込み - 7


http://hochi.yomiuri.co.jp/osaka/sports/article/news/20120620-OHO1T00032.htm

観戦準備は万端です!

piccolo

亀田


久々に解りやすい八百長を見た。
TBS....
こんな事許されていいのだろうか?

辰吉丈一郎




この頃の辰吉丈一郎光ってるなぁ。
90年代のボクシング界を引っ張っていた。
この頃からボクシングを好きになった。
同世代で、こんな格好良い奴が居る事が誇らしかった。
今でも、この頃の映像にトキめく。
波乱万丈なボクシング人生だったと思う。
晩年の試合は、辛くて目を向けられない。
過去にすがるのは、自分自身の人生も、
憧れの人間の人生も同様か?

今をしっかり生きようではないか。

piccolo

西岡利晃Vsラファエル・マルケス

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111003-00000026-sph-fight

西岡選手に乾杯です。
piccoloです。

ラスベガスでやりました。
初の快挙です。
アップロードに感謝します。



かつてバンタムで闘っていた頃、モンスターレフトでウィラポンがグラついた事があった。
気付けばそこから何年も経っている。
あの時があったから今があると解説者も言っていたが、
怪我からの復帰でよくぞここまでやってくれた。

今宵、西岡選手の勝利で、美酒に酔いしれる自分がいるのである。

piccolo

帰郷




帰郷です。
piccoloです。

さて、予告通りキャッチボールは行われようとしています。
間もなく!

しかし!
この日しかキャッチボールはしてなく.....
どうなるワシ?
中学生にメッタメタにやられるまで後数時間となった。

明日、
開幕なのである。


piccolo



で、自分の得意分野の動画を貼付ける。
問題あるなら削除依頼受け付けまするぅ~


辰吉丈一郎



あの頃の辰吉がそこにあった。負けた物の、激闘を演じた辰吉が息子の前で涙を見せた姿に感動以上の何か熱い物をもらった。

あの激闘を仕事の事務所で観戦していた。疲れで居眠りしている者も居れば、歓声を送っている者もいる、駄目だな辰吉と、ドライなコメントを発している者も居れば、じっくり見ている者もいる。この試合、色々な人間が色々な捉え方をしているのがその空間でもわかる。自分は歓声を送り、応援した。壮絶な打ち合いで、辰吉圧勝を期待していた自分には塩っぱい試合と映っていたに違いない。しかし、あの打ち合いから感動以上の熱い気持ちを頂いたのだ。

次の日、JRの変電所のトラブルで電車が止まっていた。この試合の次の日だから1994年の12月5日の事だと思う。電車が止まっていたので、昨日の熱さから会社まで走った事を今でも覚えている。自分を痛めつけなくてはと、鍛錬しなくてはと、思わずにはいられない試合だったのだ。恐らく全国に同じ思いをしている人がいたはずだ。それくらい影響力のある試合だった。1994年の12月4日、名古屋レインボーホールだ。

あれから十周年が経った今日、あの試合が蘇った。二十代前半の辰吉の姿が眩しい。ノーガードから繰り出す自由自在の巧みなパンチ。しかしこの時、左拳を骨折していたはずだ。それを思うと、骨折が無ければと、『タラレバ』を想像してしまう。打ち合った結果、お互いをたたえる姿が更に感動を呼んだ。気丈にコメントする辰吉に、息子寿希也君が来ると「お父ちゃん負けてしもうた」と涙を隠せなかった。

男だ....
そう感じた。
俺もそうなりたいと。

その熱い気持ちを思い出す番組だった。
その時を考えると、自分は何も進歩していない事を思い知らされる。
色々な不安感を覚える様になった昨今、年はとりたくないと心底思う自分がいる。自分の悪あがきは、ジムで誰にも気付かれないように行われているのである。辰吉になれなくても、自分を追い込む事で鍛錬すると言う精神修行の心理は持ち合わせているようである。

辰吉丈一郎

実は現役時代からファンだった。辰吉を扱うメディアは必ず見た。家にも辰吉の写真集、書籍、シリモンコン戦号外写真集等があったりする。彼の魅力に取り付かれた人の心理を、ワシも持ち合わせていたのだ。

昨日久しぶりにメディアに扱われた。いつもは日テレに出演する事が多かったが、この時はTBS。TBSはボクシングに力入れているのかな?亀田と言い、内藤と言い、そんな気がする。昔ほどの関心はなくなっているにしろ、やはりメディアで扱われれば追うのがファン心理であろう。

You Tube 等で辰吉の現在の試合を見ていた。だから番組の中で試合を見ても、驚きはしなかった。しかし、全盛期に比べるとあまりにも酷い。あの華麗なステップはなく、パンチのスピードもない。辰吉と言えば、回転の速い連打で観客を魅了させた選手。その辰吉が、ジムの練習生にボッコボコにされ、試合本番で無様な姿をさらす。ウィラポン戦を思い出させる意識蒼白での試合運びは、かつてのパフォーマンスや連打、華麗なフットワークは皆無であった。

正直ショックだった。カリスマは、カリスマのままで居て欲しい。しかし人間年をとるんだと言うことを目の当たりにした。年のせいなのか、バンタム級が難しいのかは、素人の自分には判断しかねるが、すっかすかの乾涸びたおっさんが人間サンドバックになってる様にしか思えなかった。

嬉しいなと思ったのは、この番組後の辰吉の評価が良いと言うことだ。ファンの自分が見たくないと思ったこの番組。むしろ辰吉のひた向きさを知らない人にとっては辰吉を知る良いチャンスだったのだろう。奥さんとの絆、子供への愛、家事をこなす姿勢等、家庭に憧れていたと言うかつてのエピソードを改めて『魅力』として描かれていた。これを再認識させてくれた番組構成、ただ前に進む事しか考えていない辰吉の姿勢、これらが今の時代に受け入れられたのだと感じた。

番組は、辰吉の密着を続けると言う。ここまで来たら、死ぬまで引退出来ないんじゃないかと思ってしまう。一ファンの自分は、辰吉の試合が見たい思いでいっぱいだ。しかし、昨日の試合を見る限り、死ぬ前に辞めて欲しいと思うのが正直な気持ちである。

彼がそんな言葉を糞にも思わない事を、ファンならば重々理解しているのに、言葉にしてしまう。ファンである自分も年を取り、野暮になったもんだ。なんだかんだ言いながら、やっぱり辰吉丈一郎と言う人間から、目が離せないのである。

piccolo

ティップネス中野店

最近、明大前店ばかりを利用していたのだが、久しぶりに中野店に行った。夜勤明けで疲れているせいもあり、一時間弱かけるよりも、歩いて20分を選択したのだった。

昔から、中野店は泳ぎにくいプールだと感じていた。だから躊躇していたと改めて感じた。ずっと明大前で泳いでいたので、その泳ぎにくさを忘れていたのだ。泳ぎ始めてすぐにその感覚を思い出した。

小さなプールに沢山の人が歩いている。ウォーキングの渦が泳ぎ出すと怒濤のごとく押し寄せて来る。泳いでも泳いでも前に進まない。脱力して浮かぼう物ならば横に後ろに流されてしまう。全く...泳げる代物じゃない。やっぱりプールはある程度大きくないと泳げない。

クレームと言う訳じゃないが、改めて中野店から足が遠のきそうな予感。泳ぎやすくて、新しくて、何より風呂とサウナが付いている店舗を知ってしまったら、もう他の店舗に行けないなぁ。四月からはパワーラッシュと言う有酸素系の筋コンレッスンも取り入れられるようだし、ますます明大前に足を運ぶ事が多くなりそうだ。2007年、職場の人事異動が切っ掛けで明大前に通う様になったが、その年にオープンした明大前店。もう2年になるんだなぁ....

piccolo

辰吉DVD

辰吉DVD

辰吉の記事が載っていた。タイで試合をするが、健康面から難しいと言う内容の物。そこで、辰吉の試合をYou Tubeで辿った。なんとそこで、辰吉の全試合を網羅したDVDがあると言う事だ。夢の様な話に、思わずクリックしそうになったが、イマイチ信用出来ずに躊躇している。届いたら全く違う商品なのではないか、莫大なお金を請求されるのではないか、そんな不安から踏み込めないのである。

このサイトを信用して良いのだろうか?今にもクリックしそうな自分が居る。欲しいなぁ。辰吉のDVD....

piccolo

You Tube にアップロード出来た



動画をアップロード出来るようになったので、上げていなかった動画をYou Tubeへ登録する。
しかしワシの格好がダサいな。毎月五千円のお小遣いの中で切り盛りしていたことを思い出す。ファッションよりも、BMXの部品にお金をかけることの方が優先順位が上だったと言う事だな。20代半ばにもBMXに燃えた時代があったが、一応社会人だったこともあり、もう少し格好はまともだったと思う。現在36歳、もう自分の歴史からBMXは思い出となる頃合いだろう。今から始めても腕は上がるはずもなく、怪我も怖い。こんな提案はどうだろうか?ビーチパーティーなんかしつつ、それぞれのBMXを持ち寄り(どうせ、押し入れに埋もれてんだろ?)縁石などを見つけて遊んだ後、BBQや海水浴を楽しむなんて如何なものだろう?

もう昔のようにバリバリ動けないじゃん。オッサン街道を直走る中に、BMXを取り入れようじゃないか。ビール片手にBMXしようぜ。

集まれ三十路ライダー

piccolo

PS
まっぴさん、DVD心待ちにしてるじぇ~

辰吉と薬師寺の対談を読んで

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昨日、この対談の情報を仕入れて、早速今日購入した。14年の歳月が流れている事に改めて驚く。薬師寺選手の太ったこと...辰吉ファンだったのに、薬師寺似の自分は複雑極まりないのだった。自分も太りつつある。メタボ腹一直線。同世代の自分が、彼らに老いを感じるとき、複雑な心境に陥る。

対談は薬師寺選手の主導権で進んでいたように思う。ヤンキー話、当時の話、子供の話、とても興味深く読み進んだ。読んでいると、辰吉選手本人も現役続行が難しい事を知っているように感じた。ならばなぜ現役にこだわるのか?それは、彼自身が語っている通りだと思う。でも、無理だと言う事も悟ってしまっている。そして頑固な性格から、現役続行に執着してしまっている様な感じを受けた。

あのボディーブローをもう一度見たい。回転の速い連打をもう一度見たい。スウェーで相手のパンチをかわすのを見たい。あの天才ボクシングをもう一度見たい。でも...
辰吉がマットに沈んで行くのは見たくない。ファン心理と言うのは不思議な物である。

亀田選手の事にも触れてあり、とても興味深く読み進んだ。およそ20分、自分はその時代の自分に重ね合わせるようにこの対談を楽しんだのだった。冒頭の写真は、当時のポスターの再現。見た瞬間に電気が走った。14年の歳月を超え、このカットを撮ってくれたセンスがたまらない。

この企画にときめく自分がいた。

piccolo

ボクシング・マガジン

cover.jpg

サイトへ

二人とも老けたな。
あの闘いが1994年の12月と記憶している。まさに死闘を演じた二人が今ここに蘇る。

BMXスライドショー




スライドショーを作ってみた。

スライドショーへGO!!

高校時代のBMXシーン




もう一枚、懐かしのBMXシーンを。
これは、高校3年生の時だったと思われる。
バニーホップでのパンケーキジャンプだが、なかなか曲げてるでしょ?

昔はバニーホップで飛べたよなぁ。

BM仲間の皆様、コメントよろ。

中学時代のBMXシーン

BMXjump.jpg


中学の頃、よく飛んでいた。
人だろうが、チャリだろうが、看板だろうが、パン箱だろうが、工事現場の柵だろうが、障害物ならお手の物。中学時代の恐い物知らずで、ある物全てチャリで飛んだ。その1ページがこの写真。

最近よくコメントを貰うまっぴ3と絡んでいたら、その頃が懐かしくなったって訳。

何年前の話になるの?

長谷川穂積

長谷川穂積がやってくれた。あのウィラポンを9R19秒にドンピシャのカウンターでKOした。辰吉を引退に追い込んだウィラポンも37歳。どんなにハードな練習を積んでも、年には勝てないのか。それにしても長谷川選手のスピードは良かった。見ていて不安を抱かせない試合運びは、さすがだ。スピードが違った。試合が始まった瞬間、KOも期待してしまう感があった。それは、9Rに訪れた。一瞬.... なにが起きたのか分からない。ウィラポンがマットを舐めている。正に電光石火!ドンピシャのタイミングで右フックをお見舞いしていた。あのウィラポンが、戦闘能力を抹消されリングの片隅に這いつくばっていた。

サンスポニュースへ

辰吉のファンだった。
その歴史に幕を閉じさせたウィラポンの二度の敗北は、間違えなくWBCのバンタム級のチャンピオンは長谷川選手であることを証明する物である。ウィラポンを倒す事で再起のモチベーションを保っている辰吉選手が、今後どのように気持ちを作って行くのだろうか?ウィラポンを倒した長谷川に挑戦するのか?やはり、再起は無理なのか?もう一度、辰吉選手のボクシングが見てみたいのは、強い自分の願望である。


世界ボクシング評議会(WBC)バンタム級タイトルマッチ12回戦が25日、神戸・ワールド記念ホールで行われ、同級王者、長谷川穂積(25)=千里馬神戸=が、前王者で同級1位、ウィラポン・ナコンルアンプロモーション(37)=タイ=を九回19秒TKO勝ちで破り、2度目の防衛に成功した。昨年4月、長谷川に判定で敗れたウィラポンは、過去14度防衛したタイトルの奪還はならなかった。国内の現役世界王者は世界ボクシング協会(WBA)ミニマム級の新井田豊(横浜光)、WBC同級のイーグル京和(角海老宝石)、WBCスーパーフライ級の徳山昌守(金沢)、WBCフェザー級の越本隆志(Fukuoka)と合わせ5人のまま。
 【戦評】
 長谷川が序盤からスピードで上回った。上下に打ち分けるウィラポンに対し、手数で上回る長谷川がラッシュを仕掛けてペースを握った。六回には防御を固めるウィラポンをアッパーで崩し、よろけさせた。だが、七回、足を止めて打ち合うと、ウィラポンからボディー攻撃で反撃される場面も。八回、長谷川は再び距離を取って主導権を取り戻すと、九回は開始19秒でウィラポンの右に対し、右のカウンターのフック。ウィラポンは倒れ、立ち上がれなかった。
 【略歴】
 長谷川穂積(はせがわ・ほづみ) 80年12月16日生まれ、兵庫県西脇市出身。小学2年から元プロボクサーの父にボクシングを教わり、高校を2年で中退して千里馬神戸ジムに入門。99年11月にプロデビューし、03年5月、東洋太平洋バンタム級王座を獲得(3回防衛)。昨年4月、14連続防衛中だったウィラポン・ナコンルアンプロモーション(タイ)に判定勝ちし、WBC同級王者に。昨年9月、ヘラルド・マルチネス(メキシコ)に七回TKO勝ちし初防衛を果たした。戦績は22戦20勝(7KO)2敗。左ボクサーファイター。
 ◇持ち味のスピードでも圧倒
 さすが日本プロボクシング界のエースだ。天性のスピードと勘を持つ技巧派サウスポーの長谷川が、老練なウィラポンを返り討ち。それも見事なワンパンチKOだ。
 序盤から右ボディーストレートを伸ばしてくるウィラポンを、左アッパーから左フックのダブル、右アッパーなどで迎え撃った。特に左右のアッパーは鋭く、死角から前王者のあごを何度も直撃した。優勢のまま迎えた九回、相手が右を伸ばした瞬間、右フックがウィラポンのあご先を打ち抜くと、37歳の老雄はキャンバスに倒れていった。
 「ウィラポンが日本で試合をするのはこれが最後。引導を渡す」と宣言して臨んだ一戦だった。昨年4月、当時14連続防衛中だったウィラポンに判定勝ちし、殊勲の王座奪取。同9月の初防衛戦を七回TKOで飾り、年間最優秀選手賞(MVP)に輝いた。今回は腰にチューブを巻いてサンドバッグをたたくなど下半身強化に取り組んだが、この日は持ち味のスピードでも力でも圧倒した。
 地元・神戸で初めての世界戦で快勝し、2試合連続のKO防衛。「これで本当の王者になったかな」と自信もついてきた長谷川。国内の現役世界王者5人の中で、その才能のきらめきは随一であることを改めて示した。【来住哲司】
 ○…タイの国民的英雄だった前王者・ウィラポンのタイトル奪回はならなかった。来日後は「準備は万端。必ずベルトは持ち帰る」と強気の発言を繰り返したが、全盛期のスピードはなく、三回からは防戦に回った。昨年4月、長谷川に判定負けして約6年守った世界王座から陥落。それ以来、長谷川と同じサウスポーと戦い続け、対策を練ってきた。だが、結果は10年ぶりのノックアウト負け。37歳という年齢からくる衰えは隠せなかった。
(毎日新聞) - 3月25日21時13分更新

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