今日もまた呟き

その名の通り、呟きメインのノンジャンルブログ

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BOSEと介護施設の花火大会



花火です。BOSEです。piccoloです。

先日購入したBOSEのSoundLink Revolveが大活躍でした。初めてアウトドアで使用しましたが、その実力は間違いない物だと痛感しました。

使用用途は花火大会でした。仕事で、普段の業務以外を行なったことがないワシは、いよいよ組織の篩にかけられて、生き残れるのか?と言う状況下、仰せつかったアクティビティー係の仕事を全うする為に自ら企画を発案し、実行しているのです。先月のミーティングで、もう一人の担当スタッフから花火を企画したいと申し出がありました。ワシはそこにビアガーデンを足しませんかと持ち掛けたのだ。そして、今まさにその企画が行われている場所に、SoundLink Revolveが在るのだった。

予め【迎賓】【セレモニー】【歓談】【送迎】と、曲の順番を組んでiPodに入れておいた。あとは音量の調整しつつ、セレモニーでは爆音を。歓談中はお淑やかにも良質の低音を鳴らし続けることが出来た。凄いスピーカーだと思う。

たったこれだけの会でビビるワシ。コミュニティー障害、対人恐怖症、人嫌いなワシが司会をし、率先して仕切っている。花火セレモニーでは、爆音を鳴らしながら花火に次から次へと着火して行き、人の目に晒されている。ホントならその場で失神物の状況だが、その道化をうまく演出してくれたのが音楽だったと思う。音が無ければ間抜けなシーンも、こうして絵になるのは音が鳴っているからだ。その環境を作ってくれたSoundLink Revolveに心から感謝したい。

会は無事終わり、多量に放出されたアドレナリンの整理をすべく、地元の居酒屋に寄った。



そこでBOSEと乾杯し、美味い酒に酔った。



さすがに店の中で音は鳴らさなかったが、人が音に酔うシーンを演出できた事の余韻に浸り、夏休みまでのカウントダウンを行うのだった。

piccolo
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外付けHDDがマウントされなくなった



遂に逝きました。piccoloです。

壊れたら痛いと思っていたハードディスクが、Macにマウントされなくなりました。ただ、ディスクユーティリティでは認識されているので方法はありそうです。まずはディスクの修復を試してみました。結果は冒頭の写真の通りです。

友人に相談すると、あまり変なことはせずとっととリカバリーした方が良いとのことで、EaseUSと言うソフトを試してみました。結果は…



うんともすんとも言いません。友人は兎に角待ちなさいとの事だったので数時間待ってみましたが、ファイルはゼロとの回答。試しにディープスキャンと言う機能を試してみると…



来ました来ました。



スキャンし始めてくれました。あとは友人が言うように、救済先のストレージを用意して待とうと決めます。その間我が子と公園に繰り出し、猛暑の中共に公園を駆け巡るのでした。



家に帰ると全てのスキャンが終了し、リカバリー先を求めているではありませんか。しかし…
2TBのハードディスクなのに容量は3.5TB程あります。全く意味がわからないまま、パーティションしていた2つの内容をリカバリーします。



一応成功したものの、全てのリカバリーは行えておらず、知らない名前のフォルダーとか、個別のMOVやらRAWやらの気が遠くなるほどの数のファイルとか、どうして良いのかわからないまま今に至ります。4TBくらいの物を買い足した方がいいのか、このままマウントしなくなったストレージを初期化して救済先から戻すのが良いか迷わされています。

パソコン中級者ほどの知識が必要とありましたが、その知識はワシにはなさそうなのです。

piccolo

8回目の結婚記念日



魚です。イタリアンです。piccoloです。

今年で8回目の結婚記念日です。今年は新しい家族も増え、4人で盛大にお祝いしました。まずは結婚記念日の一日前に、いつもお世話になったいるお店【ジュリエーゼ・ダ・エンメ】にお邪魔しました。

前菜は過去のものです。



夜に来たのは2回目でした。ランチでは上記の様な前菜が用意されていますが、夜はアラカルトから選びます。子供には子供用に、前菜を用意してくれるのがジュリエーゼ流。野菜が得意でない我が子に、お肉いっぱいの前菜を用意していただきました。

写真は以前の物です。


いつもすいません。

次々に料理が運ばれて来ます。

自家製ソーセージ(サルシッチャ)の盛り合わせ


これこれ!この味こそジュリエーゼ。

安定のマルゲリータ


シェフはあまりピザが得意でないらしいのですが、ジュリエーゼのオーナーがナポリ出身の為、ピザを出す事が絶対条件だったのだとか。不得意と言いつつも、絶対的な美味さに謙遜を感じます。



ランチでは味わえないタリ。レモンのクリームソースで。



クリームソースに香るレモンが最高です。

お願いしていたアクアパッツァ


これぞ貝パーティーな、たっぷりの貝たち。海の旨味の溶け込んだアクアパッツァは不味いわけなく!



幸せで美味しい結婚記念日を過ごす事が出来ました。記念日に、こんなお店がある事をとても幸福に感じるのです。

過去の結婚記念日を振り返ります。
2016年の結婚記念日
2015年の結婚記念日
2014年の結婚記念日
2013年の結婚記念日
2012年の結婚記念日
2011年の結婚記念日
2010年の結婚記念日
2009年に結婚
子供が出来るまでは沖縄で記念日を祝っていましたね。子供が生まれてからは、豪華なランチをするのが通例となりました。

今年の結婚記念日は盛大で、記念日前には日帰り小旅行にも行きました。





レンタカーを借りて湯河原、真鶴を攻めるのです。まずは真鶴のうに清を目指します。



これです。この魚たちを食べたくて毎回真鶴に訪れるのです。

















今回はワシのワガママで伊勢海老ありのコースを注文。ワシも相方も、伊勢海老はそこまで好きでない事と、十分ワカメの味噌汁で美味しいと言う事から伊勢海老のコースを頼むことはなかったのですが、今日はワシが伊勢海老の頭で作る味噌汁が飲みたくて、伊勢海老のコースを注文。やっぱり海老味噌汁は美味くて優しくて、最近のストレスは少しずつ癒されて行くのでした。

まだまだ終わりません。いつもならば保育園にお迎えに行く時間ですが、この日はゆっくりする事が目的。16時に予約した日帰り温泉の時間まで、ケープ真鶴で過ごすのです。



絶景を眺めながら我が子と走り回ります。



意外に楽しめたケープ真鶴。昼顔のロケ地である事も判明しました。




このベンチが昼顔の撮影で使われたのだとか。



ケープ真鶴のアップダウンの激しい地を走り回る我が子なのです。



メインイベントの温泉です。



最高の湯でした。

前にも来た事のある日帰り温泉でした。調べると個室があるとの事で、改めて予約して行ったのです。その離れにあるコテージと癒しのカフェには、予想外にやられてしまいました。

ゆとろ嵯峨沢の湯



入り口を抜けると完全に癒しの空間が広がっています。











予約の時間までお茶をしました。





美味しいケーキにブルーベリージュース。しかし予定通りに行かないのは、我が子の排泄でありまして…

外に出たまま帰ってこない我が子。どうやらウンコをする場所を探している様です。しかし外にはそんな場所はなく、見つけた囲炉裏の端で踏ん張るも、ウンコは皆無。虫に刺されるだけ刺されてカフェの中へ。しかしウンコポイントは、そのテーブルの下にあった様で、お茶をしているワシらの下で、フンワリと香しい香りをさせる我が子なのでした。

予約時間になり、個室へ案内されます。





風呂にゆっくり入ります。しかも家族で。そんな最高の結婚記念日を過ごす事が出来る事に心から感謝なのです。こうして2017年の結婚記念日は過ぎて行きました。結婚して8年、子供が出来て劇的にライフスタイルが変わりましたが、美味しい物を食べ、温泉につかる楽しみはいつまでも変わらないんだと再認識するのでした。

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ティファール T-fal L66391 [インジニオ・ネオ IH ルビー・エクセレンス セット6]



フライパンが焦げるのです。piccoloです。

病状が進んだため、母は台所に立てなくなりました。料理は嫁の仕事になりました。たまに酒のつまみを作るのにフライパンを使うワシ、その劣化に酷く失望します。特に手入れがしにくく、こびりついた汚れを取るのに苦労するのがとても苦痛でした。

嫁に何かフライパンで良いものはないかと問うと、「やっぱティファールなんじゃない?」との返答。ティファールとはなんぞ?検索をかければすぐに答えが出る今の時代、なるほどテレビで見たことある奴だと納得するのでした。

ティファールが何か分かった所で、次に知りたいのはどのシリーズが良いのか?という事。検索で答えを探せても、自分に合った用途を探すのはやはり少し知恵を絞らないと難しいです。最初はフライパン一つを探していましたが、もしかしたらセットの方が得なのではないか?用途が広がるのではないか?そう思いネット検索は止まらないのでした。

たどり着いたのはこのセットでした。

ティファール T-fal L66391 [インジニオ・ネオ IH ルビー・エクセレンス セット6]

大まかに分けると
1.IH対応か否か
2.コーティング素材は何か
3.六点セットか、九点セットか?
この3つに用途を絞り検索した結果、上記の商品がヒットしました。口コミが良かったのと、納期が当日ではなく翌日である事も人気商品である事を想像出来たので、決断は早かったです。

届きました。



写真で見るよりもかなり小さめです。箱から開けてみます。



22センチと26センチのフライパンと18cmのソースパン、バタフライガラスぶた 18cm、シールリッド 18cm、専用取っ手(フィグ・ブラウン)1本のセット内容。ネットの写真を見るよりもかなり小さく感じました。そしてフライパンが浅い。使ってみて、浅いと感じたら深い物を考えても良いかと思います。

全ての商品にこの取っ手が使えます。



ワンタッチではめる事が出来ます。



ジャーン



結構楽しいです。
こうして生活の質を上げ、モチベーションを高めるのです。早速酒のつまみを作ってみました。







使い勝手良し、美味しく料理出来て良し、手入れが簡単で良し。何よりも料理をするモチベーションが上がるのが良いなと感じた買い物でごさいました。酒のつまみを作るのに随分タケー買い物するじゃねえか。と突っ込まないで下され。

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日本はなぜ「戦争ができる国」になったのか



「基地の問題=沖縄」
「原発と被曝の問題=福島」
と言う形で矮小化されてきた日本という国のもつ根本的な歪みが、2015年9月17日安保関連法が採決された時、ついに
「戦争の問題」
というかたちをとって、日本人全員の前に姿を表した瞬間だった。



この288ページにある文章がなんとも印象的だ。難しい本だった。これだけ分かりやすく書かれていても、自分には難しかった。しかしそのトリックを理解したいから必死に読んだ。288ページにたどり着いた時、絶望と希望の両方を抱いた。砂川裁判で未来の日本を予言した3人の裁判官がいた。まさに安保法制が採決された事を指しているかの如く。そして今、共謀罪も成立してしまった。砂川裁判以降、これが出来るようになってしまったんだと。

全く利口そうな事を書けないけど、フィリピンモデル、ドイツモデルに習い、日本が独立しなければ間違いなく戦争に巻き込まれる事はよく分かった。今こそアメリカの片棒を担ぐのは止めるよと言わないと。



去年の夏、参議院選で三宅洋平が言ってた事は間違ってなかったと思う。読破して興奮してるけど、何一つまともな事が書けないワシなのである。

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篩にかけられる




二児の父、正念場でございます。piccoloです。

会社が本気出してきました。施設長面談を行うと、今までは世間話しかしなかったのに、急にマジ面談となりました。おそらくは施設長の上の上辺りの部長から、「piccolo君って何してるの?」とワシの仕事ぶりを指摘して来たのだと思われ、全くアピール度のないワシにフォローのしようがなかったのだと思われます。ワシの存在が、今の拠点に合ってるのか否か?こいつに仕事をする気があるのか?その辺を突っ込んで来たのだと。

なぜ会社が本気を出して来たのかと言えば、詳しく書けませんが人材不足を打破するために報酬を上げて来たのです。それも半端ない額。故に今までの様に体たらくな仕事ぶりでは許さないと言う事なのだと思います。問題は、全ての社員の給料が上がるのではなく、人材が集まらない地域のみの報酬アップという事で、その境界線近くの拠点が怒っていると言うのです。線のこちらと向こう側で、天と地の差があるのはどう言うことかと。この先予測される事は、その境界線の向こう側から沢山の刺客が送り込まれて来るであろうと言う事で、今の様に体たらくに働くワシのままでは勝てないと指摘されたのだと思われます。施設長はワシのままで良いと言ってくれる。しかし組織の中で何かアピールがないと、上は納得しない旨を説明されたのだった。

5月後半に行われたその面談後から、すこぶる調子が悪い。いよいよ逃げられない事に、恐怖を感じているのだ。DVD作成が好評を頂いている。施設長はそれを武器に今まで守ってくれていたが、そんな物は利益として換算されるはずもなく、会社が作った流れにそぐわないワシの処分が近々決定するのではないかと思われる。楽な拠点、大変な拠点、何ホームも経験してきたが、今いる拠点のフロアが一番楽である。そこに報酬がアップと聞き、運が向いて来たと思っていたのだが、どうやら間違いだった様だ。生き残りをかけて、これから必死にアピールしていかなくてはならない。独身ならば、アップする報酬分は要らないから、手当てのつかない拠点への異動を申し出ただろうと思う。マイペースに仕事が出来る拠点を。しかし2人の子供を抱え、母親の介護を考えると、もっと必死に今の状態に縋り付かなくてはと思っている。

2007年に転機があったと思っている。それから10年、新たな転機を迎えている気がする。あの年に何かを始めて身になっていれば、今の状態に悩む事はなかったと想像する。ケアマネと介護福祉師の資格を取る為に奮闘した年度だ。そこから頑張ってケアマネを取っておけば、今この時に退職を申し出ても食いっぱぐれる事は無かったかもしれない。しかし介護福祉師なんて持っていて当たり前、転職するにもスタミナは年々弱くなり、報酬も下がると予測する。ここは一つ、父ちゃん踏ん張るしかないのであるのだが、何一つ勝機を見出せないでいるのである。

piccolo

同窓会LIVEのプロジェクトファイルが残っていた



ファイルの整理をするのです。piccoloです。

最近Bluetoothスピーカーを購入しまして音楽に留まらず、ライブDVDも観ることが出来ます。「あれ?そう言えば同窓会ライブのファイルどうしたかな?」以前作ったDVDを観ながら、そのプロジェクトファイルの行方が気になり出しました。実はハードディスクの容量の問題から、撮った生ファイルは全て削除してしまいました。ならばプロジェクトファイルはと、古いiMacを探ると…



残っていました。mpg2にエンコードした本編ファイルも、オーサリングファイルも。





Blu-rayにする事は出来ないけど、DVDならいつでも再生可能。別のHDDにまとめて保存。容量は52ギガと微妙。VIDEO TSフォルダーを削除すればBlu-rayに焼き込めると、BD-RE DLを注文。メディアにバックアップを決め込む予定である。

なんだかんだこのDVDが、1番思い入れがあるのかも。いや、近代ガールズのフロアLiveか?どちらも彼らの青春が詰まった一瞬の表情をおさめることが出来た。そこに携われたことを嬉しく思う。

piccolo

旅をした同僚が全員統合失調症で参った



何かの前兆でしょうか?piccoloです。

よく夢を見ます。起きたときはリアルに覚えているのに、時間の経過と共にどんどん記憶は薄れます。今日見た夢は、仕事の同僚と旅行の計画を立てるのですが、全員が統合失調症を患ってる事が分かる夢でした。

統合失調症と言うよりも、バイオハザード的な夢でした。旅行先で豹変する同僚達にヤキモキさせられ、幹事の大役に苦戦するのです。宿で他の客に絡み出し、あちらこちらでセックスを始めてしまう同僚たち。その後その人肉を食らうと言うゾンビ的な展開に夢であると分かるのに、夢から抜け出せない様な、逃げ場のない心理になるのでした。

古い倉庫に場面は変わり、そこに眠る親戚たち。同僚たちはどこかに逃げ、ニュースを観るワシ。この先何が起きるのかと言う不安と戦いながら現状を呪う夢でした。

最近少し疲れている様です。

piccolo

BOSE SoundLink Revolveを購入しました



惚れ惚れする低音です。piccoloです。

BOSE社のBluetooth speaker SoundLink Revolveを購入しました。



完全にネットの広告にやられましたね。きっかけはTwitterの広告でした。しかし、ビビッと気を引く商品でした。そこから約1週間ネットの口コミやブログで情報を収集し、Mac上でiTunesの音が鳴らせれば購入したいと考えていました。カメラ量販店へMacBook Airを持ち込み、音が鳴るか試してみました。Bluetoothの読み込みと出力設定に苦労しましたが、無事Macの音が鳴ることを確認。購入に踏み切りました。

ヨドバシカメラで買いました。どこで買うかいつも迷いますが、アマゾンよりもヨドバシドットコムを利用する事が多いからでしょう。ネットで注文しなかった理由は2つあります。1つはMacの音を流せるか試してみたかった事、もう1つは誕生日月だったので、そう言うポイントサービスはないのか店員さんに交渉してみたかったと言う二点です。ビックカメラでは誕生日月に3%のポイントアップをしてくれます。それを店員さんに告げると、BOSEの製品はポイントを上げられないことを説明してくれました。その代わり定価から3%値引きして、そこに5%還元すると言われて即決しました。8%のポイント還元があるビックカメラで購入しても良かったのですが、中途半端に溜まったポイントの使い道に悩むので、ヨドバシカメラで買い物をする事を統一したかったのが大きな理由かもしれません。

早速開封します。箱の真ん中のテープを切って箱を開けます。



思ってたよりも小さいです。スタバのグランデサイズくらいかなぁ?箱を開けるとお目見えします。昔のアップルの商品を開けた時のワクワクが蘇ります。商品が放つ匂い、色味、手触り、そのオーラにとてもドキドキしました。

スピーカーを取り出すと、底に説明書とケーブル類が入っています。





ああ…
なんとも言えない満たされた気持ち。ドキドキします。試しに音を鳴らしてみました。



動画じゃ伝わらないと思いますが、音は凄く良いです。惚れ惚れする低音が鳴ります。

revolveは三脚に立てる事が出来ます。スマホ用の卓上三脚では難しそうですが、このマンフロットのテーブル三脚は使えそうです。







入出力
3.5 mm外部入力端子
Micro-B USB端子



外部入力端子は今の所必要無さそうです。バッテリー寿命は最大12時間。iPodの方が先にスタミナが切れるでしょう。SoundLink Revolveの音とスタミナに脱帽です。適当な場所に置いておけば良い音が聴けますが、なんとなくお休みの日は、昔作ったラックの上に置いて音楽を楽しんでいます。





SoundLink Revolveちっちゃ!

こうして生活の質を上げ、モチベーションを高めるワシがいるのです。持ち運びに便利なSoundLink Revolveは、間違いなく2017年を盛り立ててくれる事間違いなしでしょう。さて、今日はどこで音楽を聴きましょう?音楽とお酒と共に外に繰り出すワシなのです。

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となりのトトロを観る我が子



お兄ちゃんになったねぇ。piccoloです。

いないいないばあ、機関車トーマスと、テレビ番組に少しずつ慣れて来た我が子、録画してあったトトロをつけてみた所、最後まで集中力切らさず観切ることが出来ました。

「まっくろすけ出て来いでー」となんだか嬉しそう。「出ておいでだよ」そう教えても出て来いでーと歌います。トトロのおかげで、静かなワシの子なのでした。

piccolo

マンフロットの一脚 MVM500Aを購入



三脚や一脚にいくらかけますか?piccoloです。

手持ち派のワシは、それまで脚の存在を意識した事がありませんでした。しかし手ブレと言う永遠のテーマを知ってしまった今、ジンバルや三脚の必要性を痛感しています。特にライブハウスの様な場所での三脚設置には神経をすり減らすのです。そこで一脚を使用しているのですが、使っていていつも思うのは、この瞬間に一瞬自立してくれたら便利なのに。と言うものでした。一脚を固定してくれる様なものがないか探った時期がありました。そこにヒットしたのがマンフロットのMVM500Aでした。小さな足がある事で、一脚を固定出来るんだろう想像します。これは欲しいとずっと思っていましたが、一脚に4万円もかけられないと、いつも見送っていた商品だったのです。それがアウトレットセールで半額になっていた事で、一気に気持ちに火がつき、購入に至りました。口コミも悪くなく、自分の用途にもあっている様なので、ある程度調べたところで思い切ってポチりました。

随分と大きな箱に入っています。



箱にはマンフロットの文字。



ダンボールから商品を取り出すと、一回り小さな箱に詰められたMVM500Aがありました。



開封すると本体とレバーなどの付属品。いたってシンプルでした。





この足を開くとある程度一脚を固定出来るんだろうなあ。



マンフロットの文字が生意気です。



組み立てて自立させてみました。なるほど口コミ通り不安です。六角レンチで足の付け根を締める事で固定度が増す様ですが、ネジを緩めたまま自立させるとスグにグニャリとなりました。写真を撮る為だけに自立させた図です。



雲台はこんな感じ。



ビデオ雲台っぽくプレートが付いていました。この雲台はチルトは可能でも、パンは出来ません。代わりに足を付ける所のボールがパンの役目をするのだとか。



口コミで数多くデメリットとして言われていたのが、このボールがゴリゴリと音を立ててしまい、カメラがそのノイズを拾ってしまうという事。シリコングリスをひと塗りするだけでゴリゴリ音は解消するらしいのですが、自分には考えがありました。



ベルボンのビデオ雲台FHD-52Qの存在でした。4年ほど前に購入した物ですが、スペックを見た時に1/4″ ネジならば使えるんじゃね?と想像はしてましたが、実際に雲台の上に乗せてみました。





使ってはいませんが、行けるかな?とは思っています。これでパン問題は解消です。重量が増えて
一脚の自立度が減るかな?









今度実戦でトライしてみます。



一眼を装着してみました。1番低い位置で写真を撮りました。





D500などの一眼にも使えますが、おそらくはHDR-MV1とGoProを使用することが多くなりそうです。物欲を満たすと言うよりも、必要だった機材を手に入れた喜びに溢れているワシなのです。

piccolo


訪問医療



整いました。piccoloです。

お陰様で、先月末に母は74歳の誕生日を迎えられました。誕生日までもたないかもと思っていた体調は、一応回復してる印象を受けます。高カロリー飲料の効能か、孫の笑顔か、少し元気になったようです。

先日「ブログをみたよ。訪問医療医を紹介しようか?」と投げかけてくれた人がいました。今の職場で、最初の年にお世話になった看護師さんでした。どうしたら良いのか全く先が見えない状態でしたので、渡りに船とお願いすることにしました。10年という時を経て、こうして医療福祉の目線で手を差し伸べてくれる人がいる事に感謝しかありません。母の状態を病院に掛け合ってくれ、今現在訪問医療のサービスを受ける事が出来ています。

一緒に働いている時は、重度の認知症利用者から暴言暴力を受け、「過鎮静にしてやろうか!」と、冗談を言える人でした。今の時代なら、サービス提供責任者や施設長に密告される事も考えられます。そう言ったブラックユーモアの境界線が、昨今かなり厳しくなって来ています。それがまだ緩い頃、共犯意識を共有出来る凄腕の看護師さんでした。現場では時に雑であっても、こうして困った人が居れば手を差し伸べてくれる。【福祉】とはなんぞやと、改めて思うのです。綺麗事ばかり並べても、いざとなったら自分は汚れない的な人が多い中、たかが個人のブログを見て手を差し伸べてくれた事に意識の高さを感じます。そして、改めて自分の意識の低さを呪います。もはや福祉の世界に属してはいけないとさえ感じるのです。そんなワシが、この様なサービスを受けられる事に日本中の皆様に感謝いたします。

4月28日に第一回目の往診が行われました。食べられない原因を探るべく、CT検査を受ける事になりました。これは家の近くの病院を探してくれました。クリニックの相談員さんがよくやってくれる方で、こうした手配を引き受けて下さるのです。同じ地域の訪問看護の手配もしてくれました。往診のサービスを受ける様になって、芋づる式と言ってはなんですが、全てが絡み合う様に上手く回り出しています。

今年の頭、年末から引いていた風邪のせいで咳が何カ月も止まりませんでした。次第に食欲が低下し、食べられない日が多くなりました。そして3月後半から全く食べられなくなり、いよいよ旅立ちの時が近いと思い今に至ります。身の回りの事は自立して出来ていましたが、今はやっとトイレに行けるぐらいの体力しかない様です。排泄の失敗も多くなり、そろそろ失禁パンツや尿取りパットの形状を検討したい所ですが、リハパンには拒否があり、パットもおそらく軽失禁の物しか受け付けないと思われます。どうしてこう頑固なのだろう?結局失禁した衣類を家族が洗う羽目になるのに、格好つけたって格好つかないのに。まるで綺麗に化粧はしていても、下半身丸出しで町を歩く老女の如く自分の恥部を隠しきれていない母。もう全てを投げ出してもいい頃だと思うのに。そんな葛藤の毎日でしたが、訪問看護が入る事で大分緩和されそうです。バイタルチェックはもちろん足浴や清拭、入浴介助のサービスも受けられるというのです。まさに渡りに船。看護師さんからのアドバイスならば、オムツ類の相談にも耳を貸してくれることに期待しています。

2017年の初夏に、訪問医療を月二回。訪問看護を週一回の割合で受ける事になりました。更新したデータが、クラウド上で書き換えられるように、数本の糸が1つに絡み合う事を実感しています。ターミナルの準備は整いました。あと何カ月生きられるか分かりませんが、悔いのない旅立ちをして欲しいと願っています。

改めて手を差し伸べてくれた看護師のKさんに、心から感謝します。

piccolo

テルミールと言う高カロリー飲料



経験値です。piccoloです。

母が食べ物を口にしなくなって2週間ほど経過した頃、職場の利用者がこの飲み物で2年ぐらい生き抜いた事を思い出しました。

https://www.e-terumo.jp/テルミールミニとテルミールミニα/product/0/22/?cat=100001001&swrd=

テルミールと言う高カロリー飲料です。まさにこの詰め合わせセットを定期的に注文していたのでした。まさか自分の母にこれを飲ませる事になるとはその時は思いませんでしたが、その経験がヒントになり、現在は少し元気になっています。「薬だと思って1日1本でいいから飲んでみて」そう義務化して3日ほどした所で宅配ピザが食べたいと言い出しました。Mサイズのピザを3分の2ぐらいペロッと平らげました。それから約2週間テルミールとウイダーinゼリーを飲み続け、どうにか生きながらえています。

最初は義務として鼻をつまんで、呼吸を止めて飲んでいましたが、今は色んな味があるのね。抹茶が美味しかったわと、味も楽しんでいる様子。どうにか栄養失調で死ぬ事はしばらく無さそうです。ただ、根本の食欲低下の原因を探りたいと言うのが本音でありまして、消化器系や肺に癌が転移しているのか否か。その場合余命はどれくらいなのか。今は創造するしかありません。どうにか医療の力を借りられる態勢を整えておきたいのが本音なのですが、今のところどうにも進めないでいます。あと少ししたら、毅然と病院へ行って検査を受けさせたいと思っています。今まで抗がん剤治療をしていた病院が良いのか、近所の開業医の先生を頼れば良いのか、何が最善か分かりませんが、我が子と奥さんが帰宅した今、子育てが大変になる前に準備をしたいと思うのです。

何が最善なのか、それを決断出来なくなった母の代わりにワシが見極めなくてはならないのでしょう。まずは介護認定を取りたいと思っています。その同意は先日とったのですが、きっとその場になったら「そんな約束してないわよ」と言うのは容易く創造出来るのです。

一体何を優先させるべきなのか分からないまま時は過ぎていくのでした。

piccolo

抗がん剤をやめた日



新しい命の誕生のあとは…
piccoloです。

第二子が誕生して2週間が経ちました。その成長とは裏腹に、ワシのおかんは衰弱し始めています。去年の暮れに風邪をひき、なかなか咳が止まりませんでした。現在咳は少し落ち着きましたが、全く食事がとれません。1週間近く食事らしい食事を取れていません。転移した癌が消化器系を蝕んでいると思われ、そこから食欲低下に繋がっているのではないかと想像しています。昨年2016年の10月に、突如として抗がん剤治療をボイコットしてしまった母。その影響がここに来て症状として現れたのだと思われます。

抗がん剤をやめた理由…
副作用が辛かったようです。分かっていた事ですが、完治はしないと言われていて、その苦しみに耐える理由はあるのか?そう思ったに違いありません。その都度薬を変えて来ましたが、3種類のうちの最後の種類を始めた事で嘔吐するようになりました。手の痺れに加えて吐き気も催すようになり、それが自分の限界だと悟ったんだと思います。

完全にバックレでした。ある日突然無断で治療を休んだのでした。「あれ、病院は?」そう言うと、「もう治療やめたの」シレッと驚きの返答がありました。自分の事なので、やめるのは勝手ですが、1人で生活している訳ではありません。ワシや嫁、孫もいる空間で、堂々とターミナル宣言されたワシは、その気持ちを受容すると共に新たな決意をしなければなりませんでした。このまま抗がん剤治療を続けていれば、衰弱した時にそのまま治療していた病院に入院出来たでしょう。その死へのルーティンを拒まれた事で、新たな対策を考えねばならなかったのです。

2016年の10月に抗がん剤治療をやめてから、およそ半年が経過しました。2014年の6月に、全身に転移してるとインフォームドコンセントを受け、抗がん剤治療をしなければ半年。治療をして12ヶ月から24ヶ月と余命の宣告を受けました。とっくに余命は過ぎていますが、抗がん剤治療を始めてから副作用は強かったものの、全身に転移した癌は影も形もなくなっていたそうです。しかし命を伸ばして苦しむよりも、人間らしく生きる事を選択した母は、この時の恐怖を分かっていたつもりでも、実際には物凄く恐ろしかったのでしょう。毎日何かに怯えているようです。

先日自転車で買い物に出かけた母は、目眩と足の麻痺を感じ、買い物を断念したと言うエピソードがありました。家から数10メートルの所で引き返したそうですが、家の前で動けなくなってしまったのだとか。その羞恥心から1人で外出する事もなくなると思われ、悪循環は続く気がします。目眩や足の麻痺する感覚は、食事をしてない事から来ると思います。しかし母は、癌が進行してるから目眩がするんだ。足が動かないんだと人の話に耳を傾けません。むしろ癌が進行して出て来ている症状は、食欲低下だと思われるのです。「先ずは栄養をとって体力をつけよう。」そう助言しても聞く耳を持たないのです。piccolo家の悪しき因縁は、この無駄な頑固さです。祖父から受け継がれているであろう頑なな意地。歳をとればとるほどに強くなって行くようです。

今月の30日に74歳になる母。もしかすると誕生日を迎えられないかもしれません。どうにか病院へ連れ出し、点滴治療で体力を回復させて欲しいのですが、彼女の頭には病院イコール癌の治療と、偏った考えしか持っておらず、自分一人の問題として頑なに通院を拒否します。「冷静に」と自分に言い聞かせるワシですが、幼児退行した母をどうしても軽蔑してしまいます。ワシは母に、中途半端はするなと、時に暴力までふるわれて物事をやり通す事をすり込まれて来たのに、抗がん剤治療は中途半端にやめてしまうんだと、憤りさえ覚えました。以前母に「中途半端はダメだと俺に教えて来たよね?あなたがしてる事は中途半端な事だよ。やめるなら、しっかりとやめる意思を先生に伝えなくちゃダメなんじゃないかな?」と話た事がありました。しかしバツが悪くなるとシレッと自分の部屋に消えて行くのです。時に駄々をこねる子供の様でもあり、女手一つでワシを育ててくれた強い外見とは裏腹に、内見はガラスの様に脆かったのでした。



ここ数週間でかなり痩せました。写真は去年夏の物です。さらに一回り小さくなった気がします。介護施設で働いているワシは、老衰でご逝去する方を何十人も見て来ました。決まって食事が取れなくなります。中には何も食べずに1ヶ月以上生きる人もいましたが、大抵数週間で体力が尽きます。今まさに、自分の肉親がその状態に陥り、いよいよラストステージに入ったのだと複雑な思いを噛み締めるのです。

生と死。喜びと悲しみ。いつも同じ年にやって来る。これも何かの因縁なのであろう。

piccolo

母ちゃんが入院する日 ~その7 最終回~



同じ顔じゃねえか!piccoloです。

奥さんの退院が1日早まりました。入院6日目に無事退院しました。今日は保育園に我が子を預けて、午前中は久々にゆっくり過ごせました。たった3日でしたが、保育園に預けずに1日子供と過ごす事が、こんなにも激務である事は想像以上でした。育児に奮闘する全てのお母様、お父様をリスペクトします。

息子と向き合う1週間を記して来ましたが、このシリーズも今日で終わりです。我が子Firstは、知らない間にお兄ちゃんになっていたと言うのが感想です。我が子Secondが生まれる事で、ずっと赤ちゃんのままの姿を頭に焼き付けていたワシは、彼の成長を頭では分かっていても、人格がしっかりと形成されていることを考慮する事を怠っていたかもしれません。母の不在を我慢し、時にワガママに、時に甘え、頑張って毎日を過ごす姿に、父として色々なものを教わった気がします。

ゆっくりと珈琲を飲みながら、色々な事を思いました。



ワシの人生無駄な時間が殆どでした。しかしその無駄な時間がなんとも自分には愛おしく必要な物であった事を痛感しました。分刻みで働くことなんて絶対に出来ません。それで良いのだろうか?このままダメ親父のままで後悔しないのだろうか?そんな事を思いました。定年まであと14年、昔に比べてより一層体も頭も動かなくなって来ました。ゴールが見え始めた今、ラストスパートを切る覚悟をしなくてはいけないのかもしれません。

さて、退院する奥さんを迎えに行きます。この日は冷たい雨が降りそそぐ寒い日となりました。我が子Firstが退院する時は半袖でも暑いくらいの夏日でしたが、我が子Secondの退院は冷たい雨が降る寒い日となりました。性格を物語っているわけではありませんが、対照的な環境の違いに将来を案ずるワシがいます。月と太陽の様な関係性を想像するのです。親の思いなんて勝手ですね。

無事帰宅した奥さんとSecond。今度はFirstを保育園に迎えに行きます。Firstは保育園の帰り道に「今日も母ちゃんに会いに行く!赤ちゃんに会いに行く!」とききませんでしたが、家に着くと父ちゃんが病院に行かなかった理由を理解できた様でした。

我が家に母ちゃんと妹がいるのを確認すると大喜びでした。「か、か、か、か、母ちゃん。な、な、な、な、なんで…」「と、と、と、と、父ちゃん、あ、あ、あ、赤ちゃんもいるけど」と、どもりながら興奮を伝えてくれるFirstは嬉しくて仕方ない様子。ヤキモチを焼くこともなく妹に添い寝する姿は、親としてとても微笑ましい物でした。



お兄ちゃんは、妹の事が大好きな様子。このまま邪念に邪魔される事なく育って欲しいと思う勝手なワシなのでした。

piccolo

母ちゃんが入院する日 ~その6~



はい五泊六日目です。piccoloです。

昨日の教訓を胸に、ある程度親が子供を誘導しなくてはと、今日は9時から公園に連れて行きました。



もはや昼寝をさせる為と言っても過言ではありません。母ちゃん入院5日目、保育園休日3日目、ここ3日ほぼ昼寝をしていません。ワシの体力もそうですが、息子の体調も気になります。公園でたっぷり遊んで、美味しいものを食べて寝てもらおうと言う作戦をとりました。

遊んだ後は、お世話になっているジュリエーゼさんに向かいます。



子連れでも全く嫌な顔せずに、むしろ子供のために美味しい料理を提供してくれる力強いお店です。いつも感謝しております。今日はパスタランチを頂きました。

写真は以前の物でイメージです。

前菜



パスタ



我が子もシェフの事が大好きで、料理をする姿を見てはニヤニヤしています。デカイ声で「美味しい!美味しい!」と発する我が子。いつも申し訳ありません。そんな我々を邪険にせず、美味しい料理と気持ちの良いサービスで迎えてくれる事にいつも感謝しています。

ここまで来たらほぼ勝利は目前です。家に帰れば、すぐに寝落ちするでしょう。妙に勝った気になったのは、自分の心が捻くれているからでしょう。今日は少し休めるぞ。そう思って帰宅すると…


寝ません

寝るどころか、むしろモンスター度が増して破壊王と化しています。きっと眠さのピークだと想像はしますが、婆ちゃんから早く買い物に行って欲しいと言うプレッシャーを感じ、そっと出掛けようとしましたが「父ちゃんどこ行くの?」と呆気なく見つかってしまいました。買い物に連れて行くと、自転車で寝てしまうのは容易に想像出来たので抱っこ紐を持参しました。

案の定です。自転車に乗って3秒で寝ました。抱っこ紐で抱っこし、ピーコックを巡ります。よりによってこう言う時に買い物量が多いと言う…
悪循環は続きます。家に着き、このまま寝てくれとベットに降ろすと…


起きました

そして破壊王は破壊行為の他に、暴力行為も増して更にモンスターとなっていました。今日は行くつもりはありませんでしたが、母ちゃんに面会する為に病院に連れて行きました。



病院は遊び場ではないのに走り回る我が子。来る人来る人に「こんにちは」と、お愛想を忘れません。病院にキッズスペースがあるのが良いのか悪いのか、ここでひと遊びしないと家には帰らないと言う。走り回る度に母ちゃんにたしなめられる我が子。「走らないよ!」「ほら!赤ちゃんのベットは車じゃないでしょ!」ああ…俺も同じ様な事を言ってるんだなぁと、子育てする自分を、一歩外側の立場で想像しました。

結局父ちゃんとの生活のルーティーンをなぞる1日となりました。気付けば朝から晩まで遊びっぱなしでしたね。こうして子供に育てられ、親父なって行くんだと晩酌しながらニヤニヤするワシなのです。

piccolo

母ちゃんが入院する日 ~その5~



モンスターが本気出して来やがった。piccoloです。

今日はイライラさせられました。我が子も我慢することに疲れて来たようです。「公園行く」と言っても部屋にオモチャを散らかし放題。何がしたいのか読めません。時間ばかりが過ぎて行き、まるで子供に操られているかのように何もかも上手く回りません。行くのか行かないのか、行きたいのか行きたくないのか、外には出てみたものの全く不愉快そうです。ウォークバイクに乗ってみても、やる気なさそうにタラタラと操作してます。コケました。そりゃそうです。二輪なので支えるものがなければ倒れます。倒れたらギャン泣きの我が子、どうやら眠そうです。1度家に戻ろうと促しましたがそれも嫌と、やっと公園に向かいました。

しかし公園行かない。母ちゃんのとこ行くと。もう手がつけられません。ワシがイライラした理由は、この日に行われていた無料撮影会が頭にあったからかもしれません。午前に済ませたい気持ちがあったのは、午後まで引き延ばすと、この企画に参加しない自分を想像したからです。なるべく早くにコンプリートさせておきたいイベントだったのです。

この地に移ってきてから知った地域密着型の企画で、地元の神社の室内においてスタジオ写真のスタッフが出張撮影をしてくれると言う趣旨です。2015年にこの企画に参加して、今年で3回目なのですが、「今年はワシと息子しかいないね」と奥さんと話していた時に、「あら2人で写っている事に意味があるのでは?」と奥さんに言われてなるほどと思いました。毎年毎年、同じ時期に家族写真が撮れるので、揃って参加しようと決めていましたが、今年2017年のこの時期に、出産とタイミングが重なった事で早々に撮る機会を失ったと思っていました。しかし「2人で写っている事が出産を表している」と言われてなるほどと納得してしまったのです。出産が重なったこの年だからこそ、逃せないシャッターチャンスがあると焦った気持ちがあったかもしれません。それを押し付ける形になってしまい、イライラしたダメ親父の形がありました。



ミッションコンプリート。これさえ済ませてしまえば恐いものはないと思いましたが、やはりワシも息子も疲れがたまって来てるようで、子供はワガママ言い放題、親父はイライラと最悪な悪循環を巡る日となりました。撮影が終わり、ちょうどお昼時で帰宅しますが、「帰らない」の一点張りです。母ちゃんのとこ行くと、きかないので病院に向かいますが自転車の荷台で寝てしまいます。仕方なく帰宅すると、普段はそのまま昼寝をするパターンですが「母ちゃんの所じゃない!」と起きて来ます。このまま夜まで寝ないと悟ったワシは、モンスターと戦うことを覚悟せねばなりませんでした。

片付けしない。殴る蹴る。言うこと聞かない。ここ数日の気丈な姿が嘘のような息子にイライラしっぱなし。ついに「良い加減片付けろよこの野郎!」と、切れました。ワシが怒ってる事は十二分に伝わっていますが、素直に謝る事ができない息子は様子を伺うように絡んで来ます。つねったり噛み付いたり、頭を小突いたり。頭を小突き返しました。いつもは優しい父ちゃんが「痛えなこの野郎」と頭を叩くと、瞬時にガン泣きします。その泣き方に眠さを悟りますが、どうやっても寝てくれません。お互い負の連鎖を抱いたままグズグズとイライラは続くのでした。世のママ達の苦労を垣間見た気がします。しかしワシにはゴールがある。ゴールの見えない育児の心理的プレッシャーを想像すると、床に投げ捨てる母がいてもおかしくないかと、昨今の幼児に対する親の虐待の問題を思いました。こうした子供との戦いの末、人としての判断力等を失って行くのだと。他人事には感じられませんでした。抱えたイライラの向こう側に、虐待死をさせてしまう現実を想像しました。

眠れない我が子は、枕に頭を乗せて『犬のおまわりさん』を歌っています。なんだかその歌詞と声のトーンが可哀想で、自分で自分が嫌になってしまいました。我が子を抱きしめ「ごめんね。ごめんね。」と繰り返すダメ親父の情けない姿がそこにはありました。

やはり母ちゃんに会わせに行こうと、病院に向かいます。自転車に乗ると眠ってしまいます。やはり眠りたいのに眠れないんだと、サイクルのズレを呪いますが、こうなったら夜まで頑張ってもらって早く眠れるようにしようと思いました。

病院に着くと院内で悪さのし放題。お腹を切った母にハグを求め、思い切り腹の上で暴れると言う暴挙を繰り返していました。一向に帰ろうとしない我が子、いつしか18時を過ぎ母ちゃんの食事の時間になっていました。運ばれて来た食事を食べたいとねだる我が子。母のカレーを美味しそうに平らげるのでした。



気持ちが安定したのか、我が子は母ちゃんと素直にバイバイ出来ました。帰りの自転車では、帰宅するまでの数十分、ご機嫌に歌をうたい続けたとか。たかがカレーライス、されどカレーライス。その一杯で機嫌が治るとはなんとも単純な。しかしそこには母ちゃんとのスキンシップがあり、見えない安定剤が働いたんだと理解しています。

すぐにイライラするアル中のダメ親父、息子とともに色んなことを勉強中です。

piccolo

母ちゃんが入院する日 ~その4~



第二子の誕生は、モヒカンで迎えました。piccoloです。

第一子の時はマッシュでしたが、なぜ新しい命の誕生に奇抜な髪型にするのかは自分でも分かりません。おそらくは、誕生の記憶を消さない為に何か印象付けたいのだと想像しています。

さて、お兄ちゃんとの生活も4日目を迎えました。今日はイベントがあります。ティップネス主催の体験キッズスイミングに参加したのです。



撮影禁止なので画像や動画はありませんが、45分のレッスンをやり切ったお兄ちゃんの姿がありました。プールに入ると、「抱っこ!」と恐怖に震えていたようですが、あっという間に慣れてしまいオモチャで遊びだします。対象は2歳11ヶ月までだったので、思い切り外れていましたが、コーチの計らいで参加させて貰えました。

レッスンはよく考えられていて、親も子供の喜ぶ顔がを直視出来る物でした。ただ、習わせるには遅かったようです。シフト制で不定期なワシの仕事では、決まった日に通う事は難しそうでした。

水遊びが疲れる事は、毎日泳ぐワシにはよく分かります。帰りの自転車の荷台で熟睡してしまいました。家に着いても起きないお兄ちゃんは、そのままお昼も食べずに寝てしまったのです。



本日2017年3月18日、お兄ちゃんの誕生日から1日過ぎています。いつプレゼントを渡そうか探っていたワシは、まさに今だと寝ている間に枕元に置きました。



これを見たら絶対に外で遊ばざるを得ないので、ゆっくり遊べる日を狙っていました。プールの疲れから解放されたお兄ちゃんは、真っ先にこの箱の存在に気づいたのでした。



もう止められません。お昼も食べずに自転車に乗りたいと外に飛び出して行きます。



このまま公園に連れて行かれ2時間近く遊びました。



もう四時になろうかと言う頃に、お昼のお好み焼きを食べました。そこから妹に会いに病院へ行き、今日1日を母ちゃんに報告するのでした。

母ちゃんが居なくても大丈夫の様です。このペースに慣れて来た我が子、問題なく過ごせています。ただ、ワガママが出て来ました。夜も、自分をテーブルに乗せろと悪さをして様子を伺って来ます。母ちゃんのメガネをわざと床に落とし、ワシの様子を探ります。「母ちゃんのメガネ壊れちゃうよ」一回促しました。2度、3度、繰り返すのを見て叱りました。大泣きです。でも、この気持ち、多分ヤキモチなのかなと思います。妹の話をしたり、愛情表現するとこう言う行為をするので、いけない事はいけないと叱りつつも、ハグは忘れないようにしたいと思います。

何時もよりもハグ要求が多い我が子を見ると、やはり寂しいのだなと、切ない気持ちになるワシなのです。

piccolo

母ちゃんが入院する日 ~その3~



気丈な息子に感動です。piccoloです。

母ちゃんが居ない日3日目です。息子頑張っております。もっと肩の力抜いて良いんだよって言ってあげたくなります。でも、そんな言葉は通じません。きっと寂しいであろうに、母ちゃんが居なくても泣く事もなく、ワガママを言う事もなく、僕頑張るからと言う我が子。その背中が愛おしくてたまりません。

ワシがしてあげられる事、思い切り甘やかしてあげることのように感じます。いつもよりもスキンシップを求める事に、寂しさを感じて居る事を悟ります。普段は言うことがない言葉も口にしてみます。「頑張ってるね。父ちゃんムムの事大好きだよ。」「頑張りすぎなくて良いんだよ」「泣きな泣きな」など、殆ど声かけをする事のないワシが気持ち悪い声かけを何度もする事に吐き気を覚えますが、今の息子にはそれが必要なのかとキモいと思いつつも頑張って声かけをしているワシなのです。

息子は頑張っているのに、親父はホッピーを止められないただのアル中です。なんだか生きている資格がない気がして来ました。こんな輩を頼ってくれる我が息子、やはり申し訳が立ちません。せめてストレートに目を見て心を見て、彼と向き合おうと思います。それが礼儀な気がするから。

何度も誕生日の予行演習をしてきましたが、今日が3歳の誕生日です。プレゼントはウォークバイクなるチャリンコの様なチャリンコでないような、足こぎの乗り物。友人から譲り受けたBMXに興味を持ってくれたので、その練習台とも言える物をあげたかったのです。



どうやら喜んでくれた様です。



保育園でも寄せ書きをもらい、皆んなにハッピーバースデーを歌って貰った我が子。保育園から帰ってから、婆ちゃんと一緒にタクシーで母ちゃんに会いに行きました。僕こうだったよ。ああだったよと、母ちゃんに全部報告。なんだか奥さんも嬉しそうでした。父ちゃんとの暮らしも3日目を迎え、我が子もだいぶ慣れて来た様子。母ちゃんにも病院に行けば会えるのが分かったのか、今日は21時には就寝していました。我が子の寝顔を確認して、晩酌を始めるワシ。明日はどんな顔を見せてくれるのかな?

piccolo

母ちゃんが入院する日 ~その2~



いよいよこの日を迎えます。piccoloです。

母の居ない生活でも気丈に振る舞う我が子です。その晩初めて母親の居ない夜を迎えました。保育園の後も公園で1時間以上走り回り、疲れているはずなのになかなか寝付けない様子。やっと眠りについたのは部屋を暗くしてから一時間半が過ぎた頃でした。それでも泣くことはなく、父親としては偉いなあと思う事がしばしばです。この日、父として初めて息子と2人で過ごす日でもあったため、酒は飲まずにいました。子供が寝付いてからそぉっと夕飯とアルコールを頂きました。



保育園の連絡ノートを書き、毛細血管にアルコールが染み渡る感覚を別の角度から楽しんでいました。神聖な気持ちなのに、アルコールは摂取してしまうダメな親父だと。そんなダメ親父でも、息子の気丈な姿に感動しているのでした。もはやその感動をツマミに飲んでいると言っても過言ではありません。

一夜明け、早い時間に目覚めた我が子。朝食の準備をしようと部屋を出るとストーブがついてダイニングがめっちゃ温かい。「しまった…」息子の気丈な姿をツマミに飲んだ事でストーブを消し忘れてた。かと思いきや、婆ちゃんが起床の準備を整えてくれていたのでした。朝は焼いたハムと菓子パンしか食わないので特に料理は必要ないのですが、婆ちゃんも母の居ない孫の為に何かしなくてはと言う心理が働いている様です。ハムを焼き、他に食べたいものはないか訪ねてくれます。しかしそれ以上食べる事はありませんでした。

こうして奥さんが帝王切開の手術をする当日を迎えました。保育園に息子を送り出し、部屋の掃除をします。そんなこんなであっという間にお昼。なんだかソワソワして来ます。奥さんも昨日は眠れなかった様で、手術の不安と言うよりも、やはり初めて息子と離れて生活する事に色々な邪念を持った様でした。

手術の30分前くらいに病院に着きました。ちょうど義母と受け付けで会い、そのまま一緒に病室まで行くと何やら嬉しそうにな奥さんの声。やはり不安だったんだなと感じました。





抗生物質と水分の点滴をしていますが、管が体に入っていると病人の様です。誕生と言う嬉しい舞台でそう言う感情が芽生えるのは、母の病気が大きいのかも知れません。元気な家族を見ていると、こうして病院にある姿って少し心が痛みます。

あっという間でした。「頑張ってね」そう声をかけて30分。泣き声が聞こえました。義母と「!」目を合わせました。しかし、それから数十分なんの音沙汰もなく今のは違う泣き声だったんだと世間話に移ります。しかし逆算するとこの泣き声こそ我が娘の第一声だったんだと気付かされました。



連れてこられた子は、第一子にそっくりだと、ワシは思います。



ちなみに上の写真は第二子。
下の写真は第一子です。



決定的に違うのは耳と鼻かな?と思います。第一子は耳が、第二子は鼻がお爺ちゃん似と言う印象を持ちます。

父親のエゴで誕生したその日に妹に合わせたくて、上の子を保育園まで迎えに行きます。何やら事態を掴めていなかった上の子も、母方の婆ちゃんがいる事、母ちゃんが酸素マスクをつけてベッドに寝ている事、なにやら小さな赤ちゃんがいる事に、敏感にその状況を察知している様でした。何より数日ぶりに会う母に喜びを隠せない様子でした。



赤ちゃんが泣くと、「大丈夫だよ。大丈夫だよ。」と声かけてくれます。



ヤンチャだけど優しそうな兄。兄に比べて大人しい妹。piccolo家は何やら面白い事になって行きそうです。

病院の帰りに、お兄ちゃんにお願いしました。「父ちゃんと焼き鳥付き合って」と。妹の誕生に、男同士で乾杯しました。ワシはホッピー、我が子はみかんジュースで、焼き鳥をつまみながら新しい命の誕生に酔いしれたのです。

気づくと夜中。いや明け方か。婆ちゃんが作ってくれたカレーを食べた後、2人とも寝落ちしていたようです。今日も泣くことなく過ごすお兄ちゃんを愛おしく眺めるワシがいるのです。

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